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大阪地方裁判所 平成10年(レ)287号 判決

主文

一  本件控訴をいずれも棄却する。

二  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴の趣旨

1  原審本訴につき

(一) 原判決を取り消す。

(二) 被控訴人は、控訴人に対し、金二四万四六〇〇円及びこれに対する平成一〇年八月三一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(三) 訴訟費用は、第一、二審ともに被控訴人の負担とする。

2  原審反訴につき

(一) 原判決を取り消す。

(二) 被控訴人の請求を棄却する。

(三) 訴訟費用は、第一、二審ともに被控訴人の負担とする。

二  控訴の趣旨に対する答弁

主文と同じ。

第二  当事者の主張

一  本訴につき

1  請求原因

(一) 控訴人は、平成八年三月一八日、被控訴人との間で、次のとおり、建物賃貸借契約を締結するとともに(以下「本件賃貸借契約」という。)、本件賃貸借契約における敷金を三七万五〇〇〇円とする旨を合意した(以下「本件敷金契約」という。)。

(1) 対象物件 大阪府豊中市西緑丘〈番地略〉 住宅金融公庫融資賃貸物件アーバンコート西緑丘△△△号室(以下「本件賃貸物件」という。)

(2) 期間 平成八年三月一八日から平成一〇年七月三〇日まで ただし、双方に異議がなければ、一年間更新される。

(3) 賃料 一か月当たり一二万五〇〇〇円

(二) 控訴人は、平成一〇年七月三〇日、被控訴人に対し、本件賃貸物件を明け渡し、本件賃貸借契約は終了した。

(三) よって、控訴人は、被控訴人に対し、本件敷金契約に基づく返還請求として、内金二四万四六〇〇円及びこれに対する本件建物明渡しの後である平成一〇年八月三一日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

2  請求原因に対する認否

請求原因事実はすべて認める。

3  抗弁

(一)(1) 本件賃貸借契約において、控訴人と被控訴人は、本件賃貸借契約が終了した時は、控訴人の費用をもって、本件賃貸物件を、当初契約時の原状に復旧させ、被控訴人に明け渡すことを合意した。

(2) また、控訴人と被控訴人は、本件賃貸借契約を締結した際、右(1)の合意とは別個に、控訴人は、本件賃貸物件を明け渡す際、本件賃貸物件を当初の契約時の状態に復旧させるため、クロス、建具、畳、フロア等の張替費用及び設備器具の修理代金(以下「修理費用等」という。)を実費で清算することを合意した(右合意及び右(1)記載の合意を併せて、以下「本件合意」という。)。

(二) 控訴人が本件賃貸物件を明け渡した際、本件賃貸物件には、次のような汚損があった。

(1) 壁や天井のクロス等が、たばこの脂で全体的に黄ばんでおり、部屋が全体的に薄汚れていた。

(2) 玄関の壁のクロスに、下駄箱の跡の汚れがあった。

(3) 居間の壁のクロスに、家具の跡及び取り外したクーラーの跡の汚れがあった。

(4) 壁に取り付けた装飾品等の跡の汚れがあった。

(5) 天井のクロスに、照明器具の跡の汚れがあった。

(6) 台所の壁及び天井のクロスに、台所特有の煮物及び炊物の汚れがあった。

(7) 和室の畳が汚れており、また右畳にはカッターナイフの切り傷による摩耗及び油性インクによる汚れがあり、壁のクロスに家具の汚れがあった。

(8) 洗面所の壁のクロスに、水周り独特の汚れがあった。

(9) 洋間の壁のクロスに、家具類の跡の汚れ及びクロスの剥がれがあった。

(10) 便所の壁のクロスに、水周り独特の汚れがあった。

(11) 洗面化粧台陶器部分に、ヒビがあった。

(三) そこで、被控訴人は、控訴人が本件賃貸物件を明け渡した後、右汚損を原状に復旧させるため、次のとおりの費用を支出した。したがって、控訴人は、被控訴人に対し、本件合意に基づき、右費用を支払う義務がある。

(1) 玄関及び廊下

壁のクロス張替え 三万四一〇〇円

天井のクロス張替え 五〇〇〇円

(2) 居間

壁のクロス張替え 五万六一〇〇円

天井のクロス張替え一万九五〇〇円

(3) 台所

壁のクロス張替え 一万六九〇〇円

天井のクロス張替え 六五〇〇円

(4) 和室

畳の表替え 三万四八〇〇円

壁のクロス張替え 二万三八〇〇円

障子の張替え 五〇〇〇円

(5) 洗面

壁のクロス張替え 一万〇六〇〇円

天井のクロス張替え 二八〇〇円

(6) 洋間

壁のクロス張替え 三万二〇〇〇円

天井のクロス張替え 八四〇〇円

(7) 便所

壁のクロス張替え 一万一二〇〇円

天井のクロス張替え 一九〇〇円

(8) 洗面化粧台取替え

五万六七〇〇円

(9) 雑工事(右取付・便所建具調整)

一万二〇〇〇円

(10) 美装洗い 三万円

(11) 玄関鍵交換 二万円

(12) メクリ及び下地処理

三万五〇〇〇円

(13) 諸経費(廃材処理等)

三万七〇〇〇円

(14) 合計(消費税込み)

四八万二二六五円

(四) 被控訴人は、平成一〇年一〇月一三日の原審第一回口頭弁論期日において、控訴人に対し、修理費用等請求権をもって、控訴人の被控訴人に対する敷金返還請求権を、対当額で相殺するとの意思表示をした。したがって、控訴人の被控訴人に対する敷金返還請求権は消滅する。

4  抗弁に対する認否

(一) 抗弁(一)は否認し、又は争う。本件賃貸借契約の契約書(甲一)の二一条における「当初契約時の原状に復旧」との文言及び覚書(乙一、以下「本件覚書」という。)にいうところの、「本件賃貸物件を当初の契約時の状態に復旧させる」との文言は、控訴人及び被控訴人の意思を合理的に解釈すれば、本件賃貸物件の通常の使用による損耗は含まれないものというべきである。

(二) 同(二)の事実のうち、クロスの汚れ及びたばこの脂による汚れがあったことは、いずれも否認する。また、仮に、本件賃貸物件に、被控訴人が主張するような汚損があったとしても、右各汚損は、本件賃貸物件の通常の使用による損耗であるから、本件合意に基づく修理費用等には含まれない。

(三) 同(三)の事実は認め、主張は争う。

(四) 同(四)は争う。

二  反訴につき

1  請求原因

(一) 前記一3(一)から(四)までと同じ。したがって、被控訴人の、控訴人に対する、本件合意に基づく修理費用等請求権残額は一〇万七二六五円である。

(二) また、控訴人は、本件賃貸物件を明け渡した際、被控訴人が所有するガス警報器(以下「本件ガス警報器」という。)を搬出した。そのため、被控訴人には、同等品を購入する必要が生じたが、そのためには九三〇〇円を要する。

(三) よって、被控訴人は、控訴人に対し、本件合意に基づく修理費用等請求及び債務不履行に基づく損害賠償請求として、一一万六五六五円及び内金(本件合意に基づく修理費用等請求権残額)一〇万七二六五円に対する修理費用等が発生した後(反訴状送達の日の翌日)である平成一〇年一〇月六日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

2  請求原因に対する認否

(一) 請求原因(一)は、前記一4(一)から(四)までと同じ。

(二) 同(二)は否認する。

理由

一  本訴につき

1  請求原因事実は、いずれも当事者間に争いがない。

2  そこで、抗弁について判断するに、まず、同(一)の事実について検討する。

(一)  証拠(甲一、三、一〇、乙一、七、三一の1から15まで、三二、三三、商人尾崎雅行、同古藤英雄、控訴人本人(原審及び当審))及び弁論の全趣旨によれば、次の事実を認めることができ、証拠(甲一〇、控訴人本人(原審及び当審))中、右認定に反する部分は、前掲の各証拠に照らし、容易に信用することができない。

(1) 控訴人と被控訴人は、本件賃貸借契約を締結した時に、その旨の契約書(甲一)を作成したところ、右契約書の二一条には、「乙(控訴人)は、本契約が終了した時は乙の費用をもって本物件を当初契約時の原状に復旧させ、甲(被控訴人)に明渡さなければならない。」との規定が設けられていた。

(2) 控訴人は、平成八年三月一八日ころ、本件賃貸物件の契約締結を仲介していた服部ハウジング株式会社の古藤英雄(以下「古藤」という。)から、本件覚書を受領した。右書面には、「本物件の解約明け渡し時に借主は、契約書第二一条一項により、本物件を当初の契約時の状態に復旧させるため、クロス、建具、畳、フロア等の張替費用及び、設備器具の修理代金を実費にて清算されることになります。」との文言が記載されていた。控訴人は、同日ころ、本件覚書に署名及び押印をした上、古藤に対し、本件覚書を交付した。

(3) 控訴人は、本件賃貸借契約及び本件合意を締結したころ、古藤から、本件賃貸借契約及び本件合意に関する事項の説明等を記載した書面(乙三一の2から15まで)が入ったビニール袋(乙三一の1)を受領した。

右書面の中には、本件賃貸物件を明け渡した後に必要となる修理費用等に関し、本件賃貸物件のような2LDKの物件では、通常、三〇万円から六〇万円程度を要する旨を説明した「確認覚書事項」と題する書面(乙三一の2)が入っていた。

(二)  右事実によれば、抗弁(一)の事実を認めることができる。

(三)  もっとも、この点、控訴人は、本件賃貸借契約の契約書(甲一)の二一条における「当初契約時の原状に復旧させ」との文言及び本件覚書の「本物件を当初の契約時の状態に復旧させる」との文言は、控訴人及び被控訴人の各意思を合理的に解釈すると、本件賃貸物件の通常の使用による損耗を含まないものと解すべきであると主張し、その根拠として、①本件賃貸借契約の契約書に、前記のような規定が設けられていたとしても、それは特別に使用方法に問題があった場合に適用されると思うのが一般的であること、②建設省が平成五年一月二九日に発表した「民間賃貸住宅標準契約書について」と題する書面(甲九)には、借主は、通常の使用に伴って生じた損耗については、原状回復の義務を負わないこととしていること、③住宅金融金庫が賃貸住宅融資を低金利なものとしているのは、労働者に対する住宅の安価な供給という政策の一環であり、契約当事者間の意思解釈においても、右政策の趣旨は反映されるべきであることを主張する。また、証拠(甲一一、一二)によれば、④住宅金融金庫は、平成一一年六月二八日当時、賃貸物件の通常の使用による損耗の修理等に要する費用につき、貸主が負担すべきものであると考えて、貸主に対し、その旨の指導をしており、貸主が、住宅金融公庫に対し、右費用を借主が負担すべきものとする契約書を提出して公庫融資の申込みをしても、右公庫融資を受けられない可能性が大きいと考えていたことを認めることができる。

しかし、右①の事実は、本件全証拠によっても、これを認めることができない。

また、右②から④までの事実について検討すると、本件賃貸借契約及び本件合意の各内容が、右各合意当時の国の政策及び住宅金融公庫の指導の内容と異なるものであったとしても、直ちに、本件合意等の解釈につき、控訴人が主張するような趣旨で意思の解釈を行うべきであることにはならないし、他に右のような意思解釈を行うべきであることにはならないし、他に右のような意思解釈を行うべき事情は認められない。

かえって、証拠(証人古藤英雄)によれば、古藤は、本件賃貸借契約及び本件合意を締結した当時、右賃貸物件の通常の使用による損耗についても、借主が負担するものとして賃貸借契約を締結するのが通常であると考えていたことが認められ、控訴人が主張するような意思解釈を行う前提を欠くものというべきである。

よって、控訴人の右主張は理由がない。

3  次に、抗弁(二)及び(三)について検討するに、右1において認定した抗弁(一)の七まで、証人尾崎雅行、同村上忠行、同嶋原俊之、控訴人本人(原審及び当審))及び弁論の全趣旨によれば、抗弁(二)の事実をいずれも認めることができるほか、被控訴人が本件賃貸物件を原状に復旧させるため、抗弁(三)(1)から(13)までの費用を支出したこと及び右費用のうち、抗弁(三)(11)の費用以外のものは、控訴人が負担すべきものであることを認めることができ、証拠(甲一〇、控訴人本人)中、右認定に反する部分は、前掲の各証拠に照らし、容易に信用することができない。

もっとも、抗弁(三)(11)の、本件賃貸物件の玄関鍵の取替費用は、前記1において認定した抗弁(一)の事実に照らし、控訴人が負担すべきものではないと解するのが相当である。

4  以上によれば、控訴人は、被控訴人に対し、本件賃貸物件の明渡しに伴い、合計四六万一二六五円の修理費用等を負担すべき義務を負う。そして、抗弁(四)は、当裁判所に顕著な事実であるから、控訴人の被控訴人に対する敷金返還請求権は、全額について消滅することとなる。

5  そうすると、控訴人の本訴請求は理由がない。

二  反訴につき

1  前記一2及び3と同様の理由により、請求原因(一)が認められることは明らかである。

2  証拠(甲一〇、乙八、一一、二八、二九、三一の8、証人尾崎雅行、同嶋原俊之、控訴人本人(原審及び当審))によれば、次の事実を認めることができ、証拠(甲一〇、控訴人本人(原審及び当審))中、右認定に反する部分は、前掲の各証拠に照らし、容易に信用することができない。

(一)  本件ガス警報器は、被控訴人の所有するものであり、少なくとも、本件賃貸借契約を締結した当時から、本件賃貸物件に備え付けられていた。

(二)  株式会社豊中地研の代表者である嶋原俊之(以下「嶋原」という。)は、被控訴人から、本件賃貸物件の明渡しを確認する業務等の依頼を受け、平成一〇年七月三〇日、本件賃貸物件に赴いたところ、嶋原が本件賃貸物件を含む建物のインターホンを押しても、控訴人からの応答がなかったほか、本件賃貸物件において、電気をつけようとしてブレーカーを入れたところ、本件賃貸物件に備え付けられていたインターホン(以下「本件インターホン」という。)から、警報音が鳴った。

(三)  嶋原は、同年八月上旬ころ、本件インターホンの販売元である松下電工株式会社に対し、右(一)記載のとおりに本件インターホンから警報音が鳴ったことの理由を問い合わせたところ、本件ガス警報器が取り外されていたことが原因である旨の回答を得た。

(四)  被控訴人は、平成一一年三月一八日ころ、本件賃貸物件に備え付けるため、本件ガス警報器と同等のガス警報器を購入したが、右ガス警報器の代金は、九七六五円であった。

3  右認定事実によれば、請求原因(二)が認められる。

4  そうすると、被控訴人の反訴請求は、被控訴人に対し、相殺後の本件賃貸借契約及び本件合意に基づく修理費用等請求(八万六二六五円)及び債務不履行に基づく損害賠償請求(九三〇〇円)として、合計九万五五六五円及び右修理費用等である八万六二六五円に対する修理費用等が発生した後(反訴状送達の翌日)である平成一〇年一〇月六日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり、被控訴人のその余の反訴請求は理由がない。

三  以上によれば、控訴人の本訴請求を棄却し、被控訴人の反訴請求のうち、九万五五六五円及び内金八万六二六五円に対する平成一〇年一〇月六日から支払済みまで年五分の割合による金員の支払請求を認め、被控訴人のその余の反訴請求を棄却した原審判決は相当であるから、本件控訴をいずれも棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法六七条一項、六一条を適用し、主文のとおり判決する。

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